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Title: 17、18世紀タッキリ渓周辺の族群関係と民族移動史オランダ資料中のPoulecheron(Parrougearon)人を中心と
Other Titles: 17、18世紀立霧溪周邊族群關係與民族遷徙史以荷蘭文獻資料中的Poulecheron(Parrougearon)為主
Authors: 清水, 純
Contributors: 國立政治大學原住民族硏究中心
Date: 2016
Issue Date: 2017-06-19 14:37:11 (UTC+8)
Abstract: 本稿ではオランダ東インド会社の残した文献資料を基に、17・18世紀のタッキリ渓周辺における族群関係を考察する。この時期、オランダ人は、砂金が産出される土地に到達するためにこの地域の情報を集め、探検をおこなって記録を残した。そこに現れる族群関係の記述には、北方から交易に来るBasay人、砂金を集めるTurubiawan族(Taraboan人)、その近隣のPabanangh人、Dadangh人、及び敵対する山地民との関係が記されている。文献に現れたこれらの人々の関係性とその変化を通して、18世紀中葉に台湾北部の山岳地帯で起こった原住民の大規模な民族移動につらなる動きを抽出し、タロコ・タウサイの移動以前に北部台湾の山地に分布していたPoulechelon(Parrougearon)と呼ばれる族群の存在とその周辺の族群関係の性質を考察する。そして彼らの北方への移動とその顛末を、先行研究とオランダ資料の中の断片的な記述から再構成すると、セデク群がMək-qaulinと呼んだタッキリ渓付近の先住民がPoulechelon人であり、彼らが、宜蘭猴々社の祖先であると推測される。馬淵の推測するように、この時期には台湾全体の自然・社会環境の変化によって原住民の生業経済と居住領域のありかたが大きく変動し、テリトリーの拡大にともなう民族間の抗争の激化と民族の移動を引き起こした。東海岸の族群関係も、このような台湾全体を動かした社会変動に根差すものである。このことをふまえ、17世紀から18世紀に至る民族の動態を掘り下げることにしたい。本文中是根據荷蘭東印度公司殘留的文獻,進行17、18世紀立霧溪周邊群族關係之探討。這個時期,荷蘭人為抵達出產砂金之土地,故而收集該地域之資訊並留下探險之記錄。其中出現關於族群關係之記述當中,有來自北方進行交易的Basay人、為取得砂金的Turubiawan族(Taraboan人)、以及其隣近的Pabanangh人、Dadangh人以及與之敵對的山地居民等關係之記載。藉由出現在文獻當中的這些人之關連性及其變化,聚焦於18世紀中葉在台灣北部山岳地帶發生原住民大規模民族遷徙相關動向,並探討太魯閣人與陶賽人遷徙之前,分布在北台灣山地被稱為Poulechelon(Parrougearon)的族群之存在與其周邊族群關係之性質。而根據過去之研究與荷蘭資料中的片斷記述中,再次建構Poulechelon人往北方遷徙之始末,可推測被賽德克族群稱為Mək-qaulin的、居住在立霧溪附近的原住民Poulechelon人是宜蘭猴猴社之祖先。如馬淵先生之推測,由於此時期台灣整體的自然與社會的環境產生變化,讓原住民生計經濟與居住領域的部分有相當大的變動,隨著其領域的擴大,而引起了民族間的抗爭激化與民族的遷徙。改變整個台灣的此社會變動也影響到東海岸的族群關係。本文依此進而更加深入探討出自17世紀至18世紀的民族動態。
Relation: 2016台日原住民族硏究論壇 = 日台原住民族硏究フォーラム = Taiwan-Japan forum on aboriginal studies
會議日期:2016.08.22
Data Type: conference
Appears in Collections:[2016第九回台日原住民族硏究論壇] 會議論文

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