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Title: 「猫霧捒社」的族群歸屬辨正
Other Titles: 「猫霧捒社」所属エスニックグループの是非
Authors: 簡史朗
Contributors: 國立政治大學原住民族硏究中心
Date: 2016
Issue Date: 2017-06-19 14:36:53 (UTC+8)
Abstract: 台灣西部平埔族Papora(拍瀑拉族)及Babuza(巴布薩族)之間存在著族、社分類歸屬的問題,其中以「猫霧捒社」所引發的疑點及爭論最多。猫霧捒社的社址在今台中市的「南屯區番社腳」一帶,其社域廣泛分布於台中市市區的南半部,但是從日治時代到當今的研究及學術分類中,「猫霧捒社」一直被歸類為Babuza,甚至於以社名「猫霧捒」做為Babuza的中文族名,稱呼Babuza為「猫霧捒族」。本論文以考古出土的資料、語言的證據,配合歷史發展脈絡、命名制度、祭典歌詞、語料提供人的家世、系譜、古契文書等,證明「猫霧捒社」屬於Papora(拍瀑拉族),並不屬於Babuza(巴布薩族)。傳統認知裡「Papora分布於大肚山以西」及「Papora包含大肚社、水裡社、沙轆社、牛罵社等四大社群」的說法均應予以修正。本論文認為「Papora的原始分布」為:西邊從清水海岸平原起,東邊到台中盆地的豐原山地、太平霧峰山地止,北邊到大甲溪、南邊以大肚溪與Babuza(巴布薩族)為界;「Papora包含大肚社、猫霧捒社、水裡社、沙轆社、牛罵社等五大社群」。廓清「猫霧捒」的問題之後,對於台灣西部平埔族的研究,當可引發全新的視野及研究的取向。台湾西部の平埔族Papora(パポラ族)とBabuza(バブザ族)の民族分類や社の帰属を論じる際、最もよく論じられるのが「猫霧捒社」にまつわる疑問である。猫霧捒社はかつて台中の「南屯区番社脚」一帯に位置し、その領域は現在の台中市市街地の南半分に広がっていた。しかし日本統治期から現在までの研究や学術的分類では、「猫霧捒社」 は Babuza と見なされており、しかもその社の名称の「猫霧捒」はBabuza民族の中国語名にもなっている。本稿では出土品や言語に加えて、歴史的な脈絡、命名制度、祭事の歌詞、言語資料提供者の家系、家系図、古い契約書などの資料も合わせて、「猫霧捒社」がBabuza(バブザ族)ではなくPapora(パポラ族)であることを証明する。また、「Paporaの分布は大肚山以西」、あるいは 「Paporaは大肚社、水裡社、沙轆社、牛罵社の四つの大社の人々を含む」というこれまでの説は訂正されるべきである。それから本稿では「Paporaの本来の分布範囲」を、西側の清水海岸の平原から東側の台中盆地にある豊原、太平、霧峰の山岳地帯まで、北側の大甲渓からBabuza(バブザ族)との境界である南側の大肚渓までと考える。また、「Paporaは大肚社、猫霧捒社、水裡社、沙轆社、牛罵社の五つの大社の人々を含む」と考える。そして「猫霧捒」にまつわる問題を明らかにすることは、台湾西部の平埔族研究において、新たな視点や研究の方向性が生まれるきっかけとなるであろう。
Relation: 2016台日原住民族硏究論壇 = 日台原住民族硏究フォーラム = Taiwan-Japan forum on aboriginal studies
會議日期:2016.08.22
Data Type: conference
Appears in Collections:[2016第九回台日原住民族硏究論壇] 會議論文

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