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Title: 井上伊之助與太魯閣族
Other Titles: 井上伊之助とタロコ族
Authors: 石丸雅邦
Contributors: 原住民族研究中心
Keywords: 製腦;理番政策;威利事件;公醫;原住民傳教
製脳;理番政策;ウイリー事件;公医;原住民伝道
Date: 2015-10-30
Issue Date: 2016-01-05 13:34:47 (UTC+8)
Abstract: 本論文探討台灣日本時代的理蕃官員井上伊之助與太魯閣族的關係。井上伊之助是基督教傳教士,以「蕃地傳道」之志來台而在「蕃地」從事醫療工作為出名。他決心蕃地傳道的原因是 1906年發生的「威利事件」,是族人不滿租地從事製腦的賀田組,殺害花蓮港支廳長大山十郎等當場24名的。在遇害者中有井上伊之助父親,井上伊之助則決心以傳教來替代向原住民的報復。井上伊之助於1911年12月21日以蕃地事務囑託的身分赴任新竹州「加那排」(カラパイ:klapai)社療養所。他留下的日記《台灣山地傳道記》(1960)是研究日本時代理蕃政策的重要史料,本論文則利用它來探討威利事件,當時在太魯閣的樟腦開發政策,該事件向井上伊之助給的影響,以及總督府在蕃地的宗教政策。
本論文では台湾の日本時代における理蕃官吏であった井上伊之助とタロコ族の関係について検討する。井上伊之助はキリスト教伝道師であり、「蕃地伝道」の志を持って台湾に赴き、「蕃地」において医療に從事したことにより知られている。井上が蕃地伝道に目覚めたきっかけとは1906年に発生した「ウイリー」事件である。当事件はタロコ族の人々が当地で製脳に従事する賀田組に対して不満を持ち、花蓮港支廳長大山十郎以下24名を殺害した事件である。被害者の中には井上伊之助の父親もいた。井上伊之助は伝道をもって原住民への報復とすることとしたのであった。井上伊之助は1911年12月21日に蕃地事務嘱託の身分で新竹州カラパイ(加那排、klapai)社療養所へと赴任した。井上の残した日記を基にした《台湾山地伝道記》(1960)は日本時代の理蕃政策を研究するための重要な史料である。本論文はこれを中心にウイリー事件について検討し、これを通じて当時のタロコにおける樟脳開発政策、当事件が井上伊之助に与えた影響、そして総督府の蕃地における宗教政策について検討する。
Relation: 第八 回台日原住民族硏究論壇
主辦單位: 政大原住民族研究中心主辦
舉辦日期:2015.10.30-11.1
Data Type: conference
Appears in Collections:[2015第八回台日原住民族硏究論壇] 會議論文

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